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秋まっさかりの10月中旬(平成元年)。紅葉が美しい奥秩父の山中(埼玉県大滝村)で、黙々と穴掘りにはげむ、一団がいた。大洞窟の発見を夢みる、ぼくたちパイオニアケイビングクラブのメンバーだ。
ぼくたちが穴掘りをしていた『豆焼沢鍾乳洞』は長さが25mしかない洞窟だ。でも、岩のすき間からは風が吹き出し、水の流れる激しい音がする、いかにも大洞窟がありそうな場所だった。 ところが、掘っても掘っても、奥に通じる入口の開く気配がない。全員、少し不安になっていた。本当に、ここから新洞窟に入ることができるのだろうか……。 そこで、別の入口を探して見ようということになり、洞窟探しの名人のぼくが外で洞窟を探すことになった。 ぼくは今にもおれそうな、かれ木を頼りに、ちょっとでも足がすべったら、谷底までまっさかさまという、急な斜面を登っていった。まともな神経を持っている者なら、ぜったいに登らない、危険な急斜面だ。でも、人が行かない所にこそ新発見があるのだ! 10分くらい登ると、高さ50m以上はあろうかと思える垂直に切り立つ白い岩壁が立ちはだかった。 「あっ、あれは……!!」 その巨大な石灰岩のがけ下にポッカリと開いている洞窟が目に飛びこんできた。 急いで近寄ってみると高さ2m、横幅1mくらいの、斜めに傾いた洞窟だ。さっそく、洞窟の中に入ってみる。すぐに行き止まりではなく、ちゃんと奥が続いている! これは大当たりかもしれない……。ぼくははやる心をおさえながら奥へ入っていった。でも、すぐに床がせりあがってきて、はらばいにならなければ進めなくなる。 そのうえ、けもののにおいがぷーんと鼻につく。こりゃちょっとやばい! クマかなにかのねぐらになっているのかもしれない。 もし、そうなら、たいへんだ! いくら命知らずのぼくでもクマ相手に異種格闘技戦なんかできない。 頭をひねって、奥をキャップライトで照らしてみる。クマはいないようだけど、いくつか石がつまって、狭くなっているようだ! こんな狭い所で石を動かすのも、クマに会うのもいやだ! ここはむりせず引き上げるかな……。そう思ったとき、洞窟の入口から奥に向かって吹きこむ風を感じた。 あれ……? これって、もしかすると奥に竪穴があるんじゃないかな……。 ぼくは、がぜんはりきりだした。ふさいでいる石をどかしながら、腹ばいになって必死に前進する。上下に直角に曲がりくねった狭い所も強引に抜ける。 さらに四つんばいで進むと、天井が高くなり、また立てるようになる。そこから洞窟は下りになって、最後にすとんと落ちこんでいた。 ぼくは下に向かって大きく開いた穴をそっとのぞきこんだ。すいこまれそうな暗やみが広がっているだけで、底がぜんぜん見えない! やっぱり竪穴になっていたんだ。小さな石を拾って、穴の中に投げこんでみると、カランカラン……と、いつまでも石の落ちる音がひびき続ける。 「うわっ、これはすごい!!」 息を飲んで、もう一度竪穴をのぞきこむ。これは深い! 想像以上に深そうだ。 この竪穴からは大洞窟に特有の雰囲気が感じられる! 今まで、いくつもの洞窟を発見してきたけれど、こんな感じは初めてだった。 でも、これより先は竪穴用装備がなくては入れない。残念だけど、この竪穴を降りるのは次回の探検だ。
そして、1か月後の11月中旬。ぼくらは竪穴装備を準備ばんたん整えて、この洞窟にチャレンジした。
入口の近くはとても狭く、たくさんの装備を手渡しで通すのに少し苦労したけれど、あとは順調に進み、ワイヤーバシゴもすぐにセットできた。 いよいよ竪穴探検の開始だ。まず深田隊員が、するすると竪穴を降りていく。 しばらくして、「とーちゃっく」の声が穴の底からひびく。 「りょーかい!」と、どなり返して、下をのぞきこむと、先に降りた隊員の明かりが見える。そんなに深くはなさそうだ。ぼくは下に向かって、「いっきまーす!」と、大声をかける。「りょーかい」の返事を聞くと、ワイヤーバシゴに体をのせ、わくわくしながら降り始めた。 竪穴の深さは12mだった。でも、これは最初の第1段目で、すぐ第2段目の竪穴が口を開いていた。下の方からはゴーッという、不気味な轟音がひびいてくる。 「いったい、なんの音だろう……?」 第2段目の竪穴も最初と同じ順番で降りる。ここは13mの深さがあった。降りたところはホールになっていて、竪穴のほかに何本かの横穴も続いていた。 下からひびいてくる音が大きくなってきていた。どうやら水が流れる音のようだ。第3段目の竪穴は15mだった。洞口から、ここまで40mあることになる。 秩父の洞窟にしては、けっこう深い竪穴だなと、のんきに考えていたぼくらだったけど、その次の斜めに開いている洞穴を下ったとたん、そんな思いは、こっぱみじんに吹き飛んでしまった。 「すごいぞーっ!! 早く降りてこーい!」 いちばん先頭を進む隊員が斜洞の下の方で大声をはりあげた。 現在、ぼくらが『見晴らし台』と呼んでいる斜洞の終点。そこは高さが30m以上ある大ホールの下から約15mくらいの所に突きでた1m四方のテラスだ。 そこからのながめは、まさに『見晴らし台』の名にふさわしく、大きなホールが一望のもとに見渡すことができる。 しばらくの間、ぼくらはぼうぜんとなって、その地底の驚異に見とれていた。下の方から聞こえる激しい水音は滝の落ちる音だった。 やっと気をとりなおして、探検を再開する。だが、ワイヤーバシゴをすべて使いきってしまっていたので、『見晴らし台』からの15mの降下にはザイルを使うことになった。 ワイヤーバシゴで降りるより技術がいるが、全員ぶじに穴の底に降り立つことができた。 「おい、これを見ろ!!」 そこで、ぼくたちを迎えたのは床に無数に散らばった動物の骨だった。大きな頭がい骨もあって、あごの部分にはきばがついている。イノシシかもしれない。 ふと天井を見上げる。はるか上方に黒々とした穴が開いていた。あそこから落ちてきたのか……と思うと、思わず体がふるえてしまう。この大ホールには『獣骨ホール』という、ごくあたりまえの名がついた。 ホールの真ん中に幅1mくらいの谷が通っていて、その下から滝の音が聞こえてくるようだ。ザイルを使って、谷を10mほど降りると、ついに地下を流れる川に到達できた。 谷の両側の壁が柔らかい、ねん土のような鍾乳石でおおわれている。こんな変わった鍾乳石は初めてだ。 ゴーッという音にさそわれ、急流沿いに下流の方へ向かうと、すぐに高さ5mほどの滝があらわれた。ぼくらは、この滝を『登竜門の滝』と命名した。 ぼくは全身に水しぶきをあびながら、『登竜門の滝』を降りていった。そのあまりの冷たさに体がこごえそうになる。 滝つぼから地底川はゆるやかな流れとなる。しばらく行くと、天井が下がってきて、水面と天井との間がなくなり、行き止まりだ。上流の方は、ぐねぐねした狭い水路が続き、高さ2mの小さい滝となっている。水が吹き出している所は人が入れないけれど、その上には立って歩ける横穴があった。 その奥は大きなホールとなっていた。この大ホールの、さらに上の方にも横穴がありそうだ。でも、壁を登る装備がないので、あきらめるしかなかった。 ぼくたちの探検で、この新洞窟は深さが80mもある竪穴であることがわかった。秩父はもちろん関東でも最も深い穴だ。 さらに竪穴を降りる途中にいくつもの横穴を発見していた。でも、そちらの方はまったく探検していない。ただ、竪穴の規模から考えると、相当に長いのではないかと思える。 ぼくたち全員が大洞窟発見の予感にふるえていた。この洞窟は大きい! そんな感触を得て、次の探検に期待する、ぼくたちだった。
ぼくたちが新洞窟の横穴を探検したのは、前の探検から2か月後の1月中旬(平成2年)──奥秩父の山並みが雪と氷で白くおおわれ、極寒の世界と化したころだった。
前の縦穴探検で7つの横穴レベル(層)があることがわかっていたので、上から順に探検することに決めていた。まず最初は第1投目の竪穴を降りた所にあるホールから続く横穴にアタックすることにした。 そのホールには全部で5本の横穴が開いていたけれど、コンパス(方位磁石)を使い、山の奥──西北西へ向かっているルートを選んだ。横穴は天井が低いので、背をかがめて入らなければならない。 「うわっ!」 先頭を行く廣瀬隊員が突然、叫びをあげる。 「また竪穴だ!!」 石を投げこんでみると、カランカラン……と音がひびき、やはり20m以上ありそうな竪穴だった。 横穴の行き先を、この竪穴がさえぎっている。ぼくたちは左側の壁にへばりつきながら、竪穴のふちを慎重にわたっていった。 斜洞の向こう側には、壁が真っ白なフローストーンにおおわれた、天井の高いホールがあった。ぼくたちは、この壁にできた美しい鍾乳石を『白銀柱』と命名した。 通路は岩だらけになり、さらに上に続いている。でも、すぐに岩がくずれていて、行き止まりになってしまう。 「別のルートを探そう」 全員、ぞろぞろと『白銀柱ホール』の方へもどり始めるが──ぼくは天井をなにげなく見上けた。なんと、小さな穴が開いていて、その上に広い空間が見えるじゃないか! 「おい、待て。まだ続いているぞ」 みんなを呼びもどす。ぼくたちは上に登れる場所をすぐに見つけだした。そこを登ると、横穴は再び奥に向かっている。 しばらくは割れ目状の通路が続くけれど、途中から白い石筍や石柱などの鍾乳石も見られるようになり、いよいよ鍾乳洞っぽくなってくる。 「やっばり新洞はいいなーっ……」 だれも入ったことのない鍾乳洞の美しさは実際に入ってみた者でなければ、わからない。まったくけがれのない、真っ白な自然の芸術作品の美しさは、言葉では言い表すことができない。 細長い石柱が並んでいて、おりのようになっているので、『ホワイトプリズン(白い牢獄)』の名をつける。 それら鍾乳石の間を細心の注意をはらって抜けると、突然、通路が胸幅ぐらいになり、ぐねぐねと曲り始める。 やがて、奥の方からゴーッという水音が聞こえてくる。また滝があるのかと、期待に胸がふくらむ。 そして 狭い通路が、とうとつに広い空間へ抜ける。キャップライトの明かりがやみの中に吸いこまれる。 「な、なんだ!? ここは……!!」 みんな一瞬、あっけにとられる。広さ20畳あまり、高さ約30mほどの巨大なホールだ。手持ちの明かりだけで、その全容を見わたすことは不可能だった。 「こんなでかい地底空間が関東近辺にあるなんて、信じられない……」 ぼくたちは、この広大な暗やみの圧倒的な雰囲気にのまれ、ここを『大聖堂』と命名した。
気にかかる滝の音は、上の方から聞こえてくる。『大聖堂』は壁沿いに、うずまき状に登っていくことができるので、ぼくたちは、さっそく上がってみることにした。
「おかしいな……?」 水音が聞こえてくる方には広さが6畳ほどのテラスがあるだけで、滝なんか、どこにも見あたらない。 「わっ、ここにも竪穴があるぞ!!」 なんと、テラスの真ん中に縦穴がポッカリと開いていて、ゴーッという轟音が、その下から聞こえてくるのだ。 ここでも石を投げ入れてみる。しばらくしてから、ボチャーンという水音が返ってくる。 「20m以上あるみたいだ……」 このときは竪穴装備に余裕がなかったので降りることができなかったけれど、この下に高さ12mの『下の大滝』があるのが、のちの探検で発見される。 同じく『大聖堂』の壁の向こう側にも二段、高さ25mの『上の大滝』があり、上下ふたつの大滝は8mほどの『斜め滝』でつながっているのが、決死の滝登りで確かめられている。 さらに『下の大滝』の、その下にも10m近い滝があるので、ここには全長50m以上の多段式の洞内滝が流れていることになる。 また、いちばん新しい探検(平成3年1月)により、『大聖堂』の真上にも、上方に数十mのびる新ルートがあることが明らかにされている。 それらのことから考えると、『上の大滝』の上にも滝がある可能性が出てくる。そうなれば、いったい何十mの大滝になるか、まったく見当もつかない。まさに大自然の驚異だ。 とりあえず、話をこのときの探検にもどそう。このテラスからは竪穴ばかりではなく、横穴も続いていた。ぐねぐねした通路の上で洞口方面に向かうルートだ。 その横穴は幅が5mくらいで、高さが10mもある、自動車が走れそうな大通路だった。壁から天井まで波打つフローストーンでおおわれていて、まるで巨大な怪獣に飲みこまれたような気分になった。 この通路は現在、『メインルート』と呼ばれ、洞口に直結している。だが、このときは大きな支洞のひとつだと思っていたのだ。 ぼくたちは『大聖堂』までもどり、さらに奥をめざした。しかし、行く手は垂直に切り立った壁ではばまれてしまった。20mくらい上に横穴が見えていたけれど、竪穴装備がなくては登りようがない。 「残念だけど、今回はあきらめよう」 じつは、この壁を登ぼると、ここまでの倍の長さまで続いているのが、その後に行われた何回かの探検によって、わかっている。 そして、床も壁も天井も真っ白な『ホワイトホール』、長さが50m近くある『大斜洞』、深さ30m以上の『悪魔のクラック』などのすごい場所も発見されている。
こうして、新鍾乳洞の最初の横穴探検は、ぶじに終わった。この探検では、横穴として総延長が500m以上あることがわかっただけではなく、この洞窟の底知れぬスケールの一端をかいま見た思いだった。
探検すればするほど、あちらこちらで横穴や竪穴が次つぎと見つかり、未探検ルートが増えていく。未知の大洞窟を探検したいと思っていたぼくたちには夢のような洞窟だった。 たぶん、このまま探検を続ければ、まちがいなく3000mを越える大鍾乳洞になると思う。いったい、次はどんな新発見があるか……。それを考えると、ぼくは胸のふるえが止まらない。 今後の探検で新たなる大発見があったら、また報告するつもりだ。みんなも期待しててくれ。 |