|
日原鍾乳洞の調査ケイビングに行ったとき、地元の人が稲村岩の岩壁を指して「あそこに見えるのは洞窟ではないですかね」と言っていた。稲村岩全体から見れば下のほうの壁に確かに穴が開いている。しかもアプローチがかなりしんどそうな位置にある。でも、なんとしても入って見たい面構の穴である。なんとかアプローチの方法はないかと測量を開始した。この物語はその記録である。
現地に着いたとき既に小雨がパラついていたので、ねねんぼうからの観測と鷹ノ巣山登山道からの撮影のみで活動を終了した。測量道具は、クリノメータ、物差し、分度器、tan表、双眼鏡。
まず、ねねんぼうから問題の穴を双眼鏡で覗く。上下に細長い洞口でハッキリした輪郭があり、中は真っ暗であったので、岩屋ではなく洞窟と確信する。その雰囲気は倉沢ににている。いやがうえにも期待が高まる。その右下の大岩壁にも3つほど穴が見られたが、鳥でもなければ近付けない位置にある。 次にクリノメータで(1)稲村岩頂上、(2)洞窟の真上の尾根、(3)洞窟(洞口)の仰角を測った。 (1)は21.0度、(2)は14.0度、(3)は11.5度で、(2)(3)の方位はN96Wと測定された。高さを求めるには稲村岩までの距離が必要である。1/25000「武蔵日原」を拡大コピーして1/10000にした地図から距離を求めた。10000にすると1cmが100mになり距離を計算しやすいからだ。しかし、ねねんぼうがどこにあるか分からない。多分これだろうと比較的大きな建物記号(これは後に小学校の体育館であることが分かった)からの距離を測った。(1)は920m、(2)(3)は800mと測定された。 仰角と距離が分かればtan表から高さが計算できる。ねねんぼうとの高度差は、(1)352m、(2)199m、(3)163mとなる。とすると、 ・稲村岩頂上と洞窟直上の尾根の高度差は153m ・洞窟直上の尾根と洞窟との高度差は36mとなる。 頂上と洞窟直上の尾根までの平均斜度は約50度と見えるが、頂上から洞窟直上に至る尾根はねねんぼう側に張り出しているので、実際の傾斜は45度ぐらいと見当をつけた。これらをもとに、頂上から洞窟直上に至る尾根の距離を計算すると ・尾根の距離=153×√2=216mとなった。 この尾根はずっと樹林帯が続いているのでフリーで降りられる部分もあるかも知れないが、傾斜も高度差も大きいので全ルートにザイルを張るとすると、50mザイルが5本必要になる。洞窟直上の尾根から洞口に下るには更に50mザイルが必要なので、トータル6本のザイルが必要だ。あらためて稲村岩の大きさを感じた。この洞窟へのアタックは並大抵のものではない。このアプローチを短くするため裏側の沢から洞窟直上の尾根(以降:直上尾根と呼ぶ)に取り付くルートを調べてみる必要がある。 洞窟のある壁の傾きを見るため鷹ノ巣山登山道を少し登った所から写真を撮った。その写真を家に帰ってからつぶさに検討したが、この位置からだと洞窟のある壁は見えず、その手前にある稲村岩正面の樹林帯が続いた尾根が写っているようだ。また、東基部にある沢(以降:東基部沢と呼ぶ)からの傾斜も左からの尾根に隠れて完全には見えない。てなわけで、洞窟のある壁の傾斜は確認できずに第1次測量を終わった。
今日はクリアに晴れ上がった絶好の探索日和だ。前回は曇っていたので、もう一度写真を撮りなおすため、まずねねんぼうに登った。問題の洞窟のある壁を見ると、前回は上下に細長い洞口であったものが今回は下部の丸い穴しか見えない。狐につままれた感じ。
よーく観察した結果、細長い洞口の上部は奥行がほとんどなく、明るい光の時は穴として見えないので、奥行のある丸い穴の部分のみが「洞窟」として見えていることが分かった。 今回は直上尾根の裏側(南側)にある沢から直上尾根に至るルートの偵察が目的なので、巳ノ戸橋から鷹ノ巣山への登山道を稲村岩との鞍部まで登り、その鞍部から下降することにした。小さな沢に沿って登る。この沢沿いにも穴ではないかと思われる窪みがいくつかあったが半分水に浸かっていて入れない。急な斜面を九十九折りに登ると目的の鞍部についた。この過程で標高差を計算するため25000の武蔵日原を丹念に読んだら、等高線が50m足りないのに気が付いた。 まず稲村岩頂上への岩尾根を登る。溶食石灰岩特有の尖塔状の岩が続いていた。頂上には3mほどの尖塔状の岩が立ち、半分壊れた小さな社があった。東方足下に日原の集落が見え、その後ろに石灰鉱山の白い山肌が広がっている。ねねんぼうも見えたので、ねねんぼうから測量した角度は稲村岩頂上であることが確認できた。直上尾根に続くルートは潅木が密に生えルート観察ができなかった。でもこれほど密に潅木が生えていると言うことはフリーで降りられる可能性が高いことを示している。 鞍部に戻り、いよいよ直上尾根の裏側の沢(以降:裏側沢と呼ぶ)の下降を開始した。崩れてきた小さな石灰岩屑に泥が被さった斜面なので、一歩歩くと1mぐらいずるずると滑り落ちる。傾斜は35度ぐらいか。しかしブッシュも無く、凹凸もない斜面なので比較的歩き易い。沢幅は広く木もまばらにしか生えていない。沢というより山肌と言う感じだ。 できるだけ稲村岩から離れないよう、直上尾根直下の岩壁に沿って下る。10分ほど下ると芦田さんが発見した「稲村岩鍾乳洞」が見えてきた。洞口は高さ2m、幅4mぐらい。入口のホールの奥に狭洞が続いていた。今日はこれに入っている時間が無いので先を急いだ。 更に下ると岩壁が切れてきたので斜面をトラバースして直上尾根に取り付く。裏側から見ると尾根というより斜面の続きだ。表側(北東側)が切れ落ちているので日原から見ると尾根のように見えるのだろう。 直上尾根に取り付いた所からはねねんぼうが見えなかったので下りすぎたようだ。直上尾根の岩稜を登ってゆくとねねんぼうが見えてきた。その上の岩稜は60度ぐらいで浮石が多かった。登れる自信はあったが一人なので無理をしないことにした。この位置ではまだ洞窟のある岩壁は見えなかったので、洞窟の下方にエスケープすることが可能かどうかは分からなかった。次回、この壁の真正面から見て確認する必要がある。 この位置からでも裏側沢に降りることができたので、その付近にある立木に目印のテープを巻きつけた。落ち葉が積ったズルズルの斜面を下るとじきに東基部沢についた。沢の対面には打ち棄てられたワサビ田があった。ここにも立木にテープをつけて、裏側沢入口の目印にした。 東基部沢の左岸(稲村岩側)を下って行くと、鷹ノ巣登山道からの沢が合流した所に滝があり、その落ち口付近がどうしても通れない。巻き道を探してみたが鷹ノ巣登山道まではかなりの高度差がありそうなので落ち口に戻り水流を観察。水の流れは早いが水深は浅いので登山靴を履いたまま徒渉してそこを切りぬけた。
今回は問題の洞窟のある壁の下方がどうなっているかを調査するのが目的なので、その壁の真正面にある無名の山(739高地)に登った。739高地は東基部沢の東側にあるのでどうしても沢を渡らなければならない。水量も多いので渡渉することを覚悟していたが、幸い、日原川沿いの作業道に腐った橋が残っていた。
橋を渡ったところから右手の尾根に取り付いた。結構石灰岩が突き出していたが林になっているだけあって傾斜もそうキツクなく順調に登れた。最初は忠実に尾根を登ったが東側は植林してあるので、なんとなく昔の作業道らしきものがある。途中からできるだけ植林帯に入って登った。樹木が多くなかなか目的の岩壁が見えない。とうとう739高地と思われるコブに着いたが展望は開けない。でも稲村岩側の斜面(西側)の広葉樹は落ち葉が進み、なんとか全体を見渡せるところがあった。ここで観測することにした。 739高地の頂上は石灰岩が露出し小さなドリーネに落ち葉が積っていた。まず頂上直下の石灰岩が露出した斜面を一回りして穴を探した。穴は発見できなかった。その下の急斜面にも石灰岩が露出しているので、あの斜面を探せばあるかもしれないという雰囲気だった。 問題の洞窟のある斜面は、真正面から見ているせいか、ずいぶん急峻に見えた。洞窟のある壁は、直上尾根から北東側に張り出した岩稜にある壁だった。直上尾根から垂壁に近い壁を30mぐらいザイルで下らなければならない。双眼鏡で覗くとその途中には潅木が結構生えており、下りも登りも邪魔になりそうな感じ。 順次、洞窟の下の方に双眼鏡を移して行くと、真っ白な壁の中に大きな洞口が確認できた。しかもその洞口の下の壁は濡れている。ここは25000でいうと稲村岩の下部に横に連なる大岩壁の左の端に位置するようだ。問題の洞窟から下にエスケープするとこの大岩壁に出てしまうので下にエスケープするのは不可能。どうしても問題の洞窟から下にエスケープしたい場合には、大岩壁上の潅木が生えた斜面をトラバースして直上尾根にもどるしかない。これは結構距離もあり傾斜も強いのでお薦めできない。やはり直上尾根に登り返すのがベター。 目指すべき洞窟が2つになってしまった。そこで、直上尾根直下にある穴を「上部洞窟」と、下の大岩壁にある穴を「下部洞窟」と呼ぶことにする。 穴の位置を定めるべくクリノメータを取り出して、(1)上部洞窟、(2)下部洞窟を測量した。 (1)上部洞窟 仰角9.5度、方位N60W、距離230m (2)下部洞窟 俯角15度、方位は同様、距離180m 洞窟までの距離は25000から作った10000の図上で測った。
4回目ともなるとバスの運行パターンが読めるようになってきた。土日の日原行きのバスは奥多摩発が8:30と9:30であるが、9:15頃臨時便を出すのが恒例のようだ。帰りは東日原発16:17の利用客が多いので2台出している。最初の車は東日原で満員にして、途中の倉沢・川乗橋は通過。そこで待っている人には「後ろから来るバスに乗ってください」と放送している。それにしても積み残しを出さないよう2台出すあたり良心的だ。
今回の目的は下部洞窟のある大岩壁へのアプローチルートを探す事にあるので、真っ直ぐ東基部沢に向かう。「下部洞窟があった壁はこの辺だろう」と適当な勘で右上に延びる45度の崩れやすい斜面を登る。意外と潅木がまばらなので、潅木から潅木への移動はかなり緊張する。とうとう壁下に到達。沢筋からは標高差50mぐらいあるので高度感がある。しかし下部洞窟のある白い岩壁ではない。白い岩壁へは壁の下を右に行くべきか左に行くかべきかハタと迷った。 そこで739高地を下から見上げながら方位を測定した。N110Eだった。739高地から見た下部洞窟の方位はN60Wだったので、こちらから見ればN120Eに見えるはずだ。では左方向に移動しなければならないと判断し、壁の下のトラバースを開始した。だんだんと斜面も急になり、細心の注意を払ってジリジリと進む。とうとう行く手がガクンと落ちこんだ壁になり進めなくなった。それでも白い壁は現れない。ということは「白い壁は頭上に見える岩壁の上にあるようだ。複雑な構造をしているな」と前進を諦め元の位置まで戻って斜面を下った。 東基部沢を少し上流側に移動してから、沢筋沿いの岩壁の下をたどって行ったら、洞口らしきものが見えた。また新しい洞口が見つかったと喜び勇んでよじ登ったら、洞口の高さ4m・幅3m、奥行4mの岩屋程度のものだった。その先も忠実に岩壁の下をたどったが、じきに裏側沢に出てしまった。石灰岩の転石が詰まった谷というよりルンゼ状の溝を下ると、先回つけたテープのある立ち木のところに出た。 これでは白い壁に下からアプローチするのは無理だなと判断し、東基部沢の右岸(739高地側)の穴を探しながら日原にもどった。でも、なんとか白い壁のある斜面を横から見たいものだと、ねねんぼうの奥に伸びる林道を登ったが、すぐに植林帯で稲村岩が見えなくなってしまった。 一旦バス道路まで降りて日原鍾乳洞方向へ歩いたら、バス道路がカーブするあたりで下部洞窟のある白い壁が見えてきた。しかし左端が739高地の尾根の影に隠れて裏側沢まで見えない。残念だ。もう時間も15:50になっていたので、写真を何枚か撮って帰途についた。 (注)第4次の報告を書いているときに、壁の下のトラバースは左ではなく右方向に行くべきだったことに気が付いた。なぜなら、739高地をN110E方向に望む地点はN120E方向に望む地点より南に位置するからだ。どうりで裏側沢が近いと思った。しまった、もう一度出かけなければならないか。
これまでの測量結果をまとめると以下の通り。
(1)各ポイントの標高 (2)各部分の傾斜 (3)上部洞窟へ稲村岩頂上からアプローチする場合 (4)上部洞窟へ裏側沢からアプローチする場合 (5)下部洞窟へ上からアプローチする場合 (6)下部洞窟へ下からアプローチする場合 (小堀 記) |