パイオニアケイビングクラブ(PCC)の活動 


 

伊勢志摩洞窟群調査/練習ケイビング

 2003年3月27日(木)〜28日(金)に行った、伊勢志摩方面の洞窟群の調査/練習ケイビングについて報告します。参加者は、柏木さんと大喜多の2名でした。

 3月27日(木)、曇りのち雨。
 8時に近鉄松阪駅前に集合し、レンタカーにて出発した。下村から脇道に入り、行き止まりの空き地に車を止めた。ここでケイビングスーツに着替え、鷲嶺の水穴に向かった。
 洞口までは、林道を歩いて20分ほどだった。ところどころに標識があるので、迷う心配はまったくない。鷲嶺の水穴の洞口から、わずかに水流が流れ出していた。
 さっそく入洞し、通路を30mほど進むと第1ホールに出た。洞内には、コキクガシラコウモリのコロニーがあった。また、至るところに落書きがあり、ガイドテープが散乱しているので、非常に見苦しい。
 ここから、水流沿いに本洞へと向かったが、数十m進んだところで落盤で行き止まりとなっている。どういう訳か左洞へ入ってしまったらしい。しかたがないので分岐点まで戻り、再び本洞へと向かった。
 メアンダートレンチを抜けると、高さ2mの滝があった。ロープあぶみがあったので、それを頼りに滝を登り、最奥部へと向かった。グアノの溜まった通路を進み、最奥部に到達したので、戻ることにした。
 しかし、帰り道でまた迷ってしまった。第1ホールへ続く通路が分からない。2人で洞内図とコンパスを見ながら、なんとか第1ホールに戻り、洞口に辿り着いた。洞窟を出たのがこんなに嬉しかったのは、久しぶりだった。ケイビング入門とガイドの洞内図は、簡略化しすぎて分かりづらいようである。また電子コンパスを使用していたが、磁気コンパスの方が使い勝手が良いようである。次回からは併用するようにしたい。
 車に戻って、昼食を摂り、次の覆盆子洞へと向かった。平家の里キャンプ場に行く道の分岐点に、嫁穴の標識が立っていたので、後で行ってみることにした。平家の里キャンプ場付近の駐車場に車を止めた。説明板の説明を読むと平家の落人の伝説があるらしい。
 沢沿いに上流に向かったが、洞口を示す標識がない。ある訳がない。またまた、道を間違えてしまったのだ。看板のところまで戻り、丸太橋を渡ったほうに5分ほど進むと、洞口付近に朽ちた説明板と看板があった。
 入洞したところ、ガイドロープが張ってあったので、とりあえずそれに従って進んだ。洞内にあった寒暖計では、気温8度となっていた。ここにも、コキクガシラコウモリのコロニーがあった。また、ガイドテープが散乱しているので、ちょっと見苦しい。
 内部は「ミニ石舟沢」といった感じである。少し進むと下方に水流部があり、地底湖(?)もあったが、とりあえず最奥部へと向かう。
 最奥部に到達したので、そこから引き返した。帰り道では、ところどころにある支洞を探索した。水流部にも降りてみたところ、水中匍匐で進まなければならない。疲れていたので、次回の課題とした。第1の広間から右手(洞口から見ると左手)に支洞があったので匍匐で入った。すぐに行き止まりかと思っていたが、20mほど続いていた。しかし、狭くて方向転換できないので、バックで匍匐しながら戻った。これは少しきつかった。
 洞口を出ると、注意書きがあり「入洞する際は平家の里キャンプ場に連絡してください」と書かれていた。こんなところに書かれてもという感じであった。車まで戻り、着替えた。ここである事件が起きた。それは、翌日に発覚する。
 平家の里キャンプ場に来る道の分岐点に戻り、車で坂道を登っていくと、ワゴン車が停まっていた。作業中の方に話を伺うと、嫁穴の位置について教えてくれた。斜面を30分ほど登ったあたりにあるらしい。しかし、時間が遅くなっていたのと事前情報で約15mの雑魚穴らしいので、今回は行くのを見合わせた。
 その日の宿であるリゾートイン磯部へと向かったが、またまた道を間違えてしまった。一日中、「青春時代の真ん中は〜道に迷っているば〜か〜り〜」という感じであった。やっとのことで志摩磯部町に着き、夕食を摂ったあと、ホテルにチェックインした。

 3月28日(金)、晴れ。
 7時に起床し、7時30分に朝食を摂った。リゾートイン磯部はいわゆるB&B(Bed & Breakfast)で、朝食はパン食べ放題とコーヒー/紅茶であった。ジャムかバターがあれば、もっと良かったが、税込み4200円なので贅沢も言えない。チェックアウトし、7時50分に出発した。
 天の岩戸神社の駐車場に到着し、着替えを開始したところ、昨日の事件が発覚した。大喜多の装備が、一部なくなっている。ホテルの駐車場に落としたのかと思い、電話してみたが、落ちてないそうである。必須の装備ではなく、予備もあったので、天の岩戸洞へと向かった。
 天の岩戸洞(恵利原の水穴)は流出口となっており、かなりの水量がある。また、洞口前には鳥居があり、注連縄も張られている。まだ誰も来ていなかったので、入洞しようかと思ったが、ここはじっと我慢した。洞口写真を撮っているうちに、水汲みの人が来てしまった。やはり、入らなくて良かった。
 次に、猿田彦の風穴へと向かった。ここまでは遊歩道が整備されていて、来る人もちらほらいた。洞口前には、注連縄が張られている。洞口を入ると、狭いクラック状の通路となっていた。通り抜けると、天井高は人が立てるほどになる。洞内には水流があるが、洞口付近では伏流しており、下の沢から流出しているようである。ここにもコキクガシラコウモリが1頭いた。最奥部は、天井高の高い小ホールになっていた。
 次に、癈窯の穴へと向かった。道がないので、小尾根をトラバースしていった。石灰岩の露頭があり、その基部に洞口があった。洞口付近は水気がないため、二次生成物は風化していた。天井高の低い通路を匍匐前進で進む。
 奥ににつれて水気が多くなり、二次生成物も発達しているようであった。表面の泥を取り除き、ライトアップすればかなり見栄えがしそうである。洞口付近の通路を0.5〜1mほど掘り下げて、歩いて通れるようにする必要はありそうだ。あと、洞口までの道路と駐車場を整備すれば、立派な観光洞になるだろう。
 次に、沢にある湧出口へと向かった。水量はあまり多くない。猿田彦の風穴の伏流水と思われる。
 天の岩戸洞へ戻り、昼食を摂った。平日だというのに、けっこうな数の水汲みの人や観光客が来ていた。みんなヒマがあるんだなーと思っていたが、自分たちがいちばんヒマなのかもしれない。
 次に、無名の竪穴へと向かった。天の岩戸洞の一つ下の沢を登ると、沢のすぐ近くにそれらしき洞口があった。1mの竪穴を降りると、4mくらいの斜洞になっている。最奥部は、土砂で埋没していた。
 次に、倉谷の穴へと向かった。ここも、沢のすぐ近くにそれらしき洞口があった。洞内は、匍匐して進むところもあったが、立って歩けるような通路が多い。洞床は礫が多く、洞壁はぎざぎざである。
 最奥部は水没して終わっていた。上に延びる支洞(本洞?)を登ってみたところ、かなり続いている。ずーっと登ると通路は水平になり、2方向に分岐していた。一方は5mほどで行き止まり。もう一方も15mほどで行き止まりとなっていた。
 天の岩戸神社の駐車場に戻り、着替えた。まだ時間が早かったので、平家の里キャンプ場に装備を探しに行った。今回は、前日の轍を踏まないようにサニーロード経由で向かった。こちらの方が道も良く、遙かに速く着いた。
 キャンプ場の駐車場に車を止めると、なんと、なくした装備がそのまま残っていた。昨日は車に積むのをまったく忘れていたようである。これは嬉しかったが、柏木さんが自分のことのように躍り上がって喜んでくれたのが、更に嬉しかった。
 近鉄松阪駅付近に戻り、コメダ喫茶店で休憩した。ウエイトレスの「〜でよろしかったですか?」という妙な接客マニュアル言葉を聞き、「ああ、都会に帰ってきたんだな」と実感した。そのあと、宅配便で荷物を発送し、レンタカーを返却して近鉄松阪駅で解散となった。

(大喜多 記)  

 

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