パイオニアケイビングクラブ(PCC)の活動 


 

不二洞探検ケイビング/長久保洞窟探索予備調査/
吾野の坑道穴探検ケイビング

 2000年5月13日(土)、晴れ。埼玉県秩父郡小鹿野町藤倉で洞窟探索予備調査を行う。また、群馬県多野郡上野村川和の不二洞で第1次探検ケイビングを行う。参加者は芦田、小野、小山、星野の4名。
 当初、午前中に小鹿野町まで行き、洞窟探索の予備調査を行う予定だったが、国道299号線の埼玉県飯能市吾野付近のカーブで道路沿いの岩壁に洞窟のようなものが複数あるのを前回、通ったときに小野が発見していて、それを確認しようということになった。
 小山が着替えて入洞しようとしたが、落石防護ネットが岩壁をおおっていて、道路に面した洞口から入洞することができなかった。そこで右手に回り込んで山には入ったところ、そちらにも洞口があった。さっそく入洞したところ(後に小野も入洞)複数の洞口をもつ人造(手掘り)の迷路状の洞窟であることが判明した。全長は約80mほどで二次生成物のようなものも見受けられた。
 入洞後、付近でヒヤリングしたところ、昔、金属を採掘していた坑道とのことで、道路に面した下の穴が一番長いとのことだったが、今回、そこだけ入洞していないので、詳細は不明である。入洞した上の穴は初心者練習ケイビングにはもってこいの洞窟である。測量も必要と思われるので、今回、入洞しなっかた洞窟の探検ケイビングと測量練習ケイビングを兼ねて、再度行きたい。一応、上の入洞した穴を「吾野の坑道穴第一洞」、下の入洞できなかった穴を「──第二洞」と命名した。
 次は小鹿野町であるが、まず角合(かっかく)ダム付近の駐車場に観光案内板があり、そこに熊の穴と地獄穴は載っていた。また、あちこちに名水があるようである。すべてが地下水かどうかは不明であるが、「毘沙門の水」付近には多くの車が停まっていた。今回は、そこの調査は行っていない。
 とりあえず長久保の上流に行ったところ、沢に多量の石灰岩が落ちていた。さらに花坂付近の林道(右岸)から対岸(左岸)に石灰岩の壁ように見える岩壁を確認した。双眼鏡でのぞくと、洞口っぽいものも見える。「穴だろうか?」「ちがうよ!」とか、全員で言い合っていると、ヘルメットをかぶったおじさんが1人やってきた。話を聞くと、化石を採取しているそうで、対岸の岩壁は石灰岩で「穴がある」と聞いたことがあるとのこと。また、この林道の工事中に穴が見つかったが、壊して埋めてしまったということも聞いたことがあるとも言っていた。また、長久保の1つ隣の沢の女形というところにも石灰岩があることを教えてくれた。
 ともかく、その林道から見える洞窟を「花坂の壁穴」と命名して、次の機会に調査することにした。今回は不二洞に行かなくてはならないため、小鹿野町の洞窟探索の予備調査は、これで終わりにした。
 その後、上野村のヴィラせせらぎの向かい側にある「フィガロ・クラシッフウ」という飯能市の「シェ・ノワ」に匹敵する洋食屋で昼食をとり、不二洞に向かった。なお、不二洞に上がる道は工事中で通行止めだった。不二洞の対岸の「まほーばの森」に上がる道で上がり、吊り橋の「天空回廊」を渡って、不二洞に行かなければならなかった。
 今回、不二洞で探検ケイビングを行うことになったのは、不二洞が新観光ルートの整備中に未知の新支洞を発見し、それをケイバーに探検してもらいたいと考えているという情報がPCCに伝わったことによる。その話を聞いて、さっそく上野村に連絡をとったところ、新支洞探検の許可がおりた。
 新支洞は観光洞部分の終わりに近い「空穴(そらあな)」に開口していた。入口は鉄格子で塞がれていて一般の観光客は入洞できない。新支洞は入ってすぐに竪穴になっていたが、すでに梯子が架けられていた。
 約10mほどを降下すると、人間の頭ぐらいのところに小さいテラスがあり、そこにまた竪穴が開口している。ちょっとした狭洞であるがケイバーなら問題なく通り抜けられる竪穴である。そこを5mほど降りると、その先は斜洞で、約10mほど降りていくとホールに出る。
 ホールからはまっすぐ進むルートと左に入るルートがあり、とりあえず左に入るルートを探検してみる。しかし、行き先はクラック状に狭くなり、入洞不能になる。一方、まっすぐ進むルートは風が通っていてメインのルートと思われるが、こちらも少し行くと、狭くなって入洞不能になる。
 他に支洞がないか隅から隅まで探査してみるが、その2つ以外に続きそうなルートは見あたらなかった。結局、新支洞部分の全長は約60mほどだった。ただ、人がほとんど入っていないため、観光洞部分に較べて洞壁が非常にきれいで二次生成物も破壊されておらず、美しい鍾乳石が数多くあった。
 今回、新支洞の案内についていただいた不二洞のK氏の話では平日に来てもらえれば、観光洞部分にある他の支洞を探検してもらってもかまわないとのことであった。あと、不二洞にケイバーが入洞して探検したのは昭和37年の調査の時だけで、最近はぜんぜんないとのことで、ケイバーに本格的に探検してほしそうだった。また、その昭和37年当時と洞内の形態が変わり(新ルート整備のための発掘により)、新しい支洞も増えていて、現在の不二洞の正確な測量図がないので、測量などもしてほしそうであった。
 探検を終え、不二洞の事務所に戻ると、課長さん(女性の方)がお茶とお茶菓子を出してくださった。それをありがたくいただき、いろいろと洞窟の話をしてから撤収した。その後、いつもどおり、いきいきセンターに寄り、洞窟の泥を落としてから、帰途についた。

(芦田 記)  

 

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