パイオニアケイビングクラブ(PCC)の活動 


  

金山沢洞窟探索報告
はじめに

 奥秩父の入川金山沢の大荒川谷と小荒川谷の出合い付近は、PCCが数年前から調査地域として目を付けていた場所である。その根拠はまず地質図で石灰岩の存在が確認されていること。瀧谷洞、ケイ谷洞を結んだライン上にあること。そして標高が1400m前後と瀧谷洞、ケイ谷洞とほぼ同じ高さであること等である。しかし、金山沢に入るには、入川から入り沢を遡行するか滝川側から尾根を越えるかしかなく、どちらも5〜8時間の道程が予想されるかなり厳しいアプローチとなるため、なかなか調査のきっかけがつかめなかった。しかし、このままではいつまでたっても金山沢の調査が出来そうもなかったが、立正大学探検部の阿部君、飯田君、そして明治大学地底研究部OBの小池君らの若い力を借りてやっと実行することができた。
   
金山沢第1次洞窟探索
1.日程

 1999年10月2日(土)〜3日(日)

2.メンバー

山西敏光(PCC)
廣瀬主典(PCC)
阿部英明(立正大探検部)
飯田智朗(立正大探検部)


▲メンバー

3.内容

 まず、第1次調査として入川から沢を遡行して出合いまで行くことにした。実は、金山沢は沢登りの対象としても面白く、もし調査が空振りに終わった場合でも、少なくとも沢登りを楽しむことができればという考えからこのルートにした。
 11:00ワサビ沢出合いに車を1台デポし、川又の夕暮れキャンプ場に移動して11:40に出発する。最初は入川の左岸の森林軌道跡に沿って歩く。15:00に登山道から入川に向かって下降する。入川に降りた地点を金山沢の出合いより上流側と勘違いしたため、そのまま入川を上流に歩いてしまったが、すぐに気が付いて引き返した。15:30金山沢の出合いに到着。沢を詰める。3〜5m程度の小滝が連続するが、踏み跡があり簡単に巻くことが出来る。沢を順調に詰めて行くと、ちょっとしたゴルジュを抜け河原が広くなる地点に出た。そろそろ暗くなる頃なのでここでビバークすることにした17:00。小さなフライシートをタープにして寝る。

▲金山沢本谷

▲ゴンザの滝
 翌朝6:00に起床。昨晩はにわか雨が降ったが、飯田君はフライシートの外に出たまま寝ていたようで、雨に打たれたようであまり眠れなかったそうだ。7:30に出発。8:30に大荒川谷と小荒川谷の出合いに到着した。大荒川谷の右岸に沿って石灰岩の壁が上流に延びている。早速、新洞探査を行う。沢の水流沿いに上流に上がりながら、壁の基部を重点的に調べる。ところどころ沢が入っているので、有望そうな沢は詰めてみる。30分ほど上流に歩くが、洞窟は発見できなかった。溶食形態も見られず、洞窟がありそうな雰囲気がほとんど無い。石灰岩も黒っぽく、あまり綺麗ではなかった。10:00ここでの調査を終え小荒川谷を詰めて帰ることにする。
 小荒川谷は金山沢本谷と比べると水量が少なく、ガレも多い沢だ。上がるにつれて沢床に石灰岩が現れるようになる。標高1500m付近で沢が三つに分かれている。一番左岸よりが本流だが、南西方向に向かうので遠回りになる。真中の沢を行くことにする。沢に入り30mほど歩くと、正面に高さ15mほどの壁が見える。沢がその壁の真中から流れ出しているように見える。まさかと思いながらさらに歩いて行くと、沢の水はすべて見事に石灰岩の壁の途中の穴から流出している。水量は瀧谷洞の流出口の水量に匹敵するくらいある。急いで壁を上がると、流出口は高さ1m、幅70〜80cm程度の大きさで人が十分入ることができる。早速、洞窟の中の調査を行う11:15。通路は入ってすぐに二手に分かれており、正面に進むと5m程度でサンプになって終わっている。水系の本流と思われる右手の通路に進むが、この通路は幅3m、高さ40cm程度の斜めになった狭いクラックである。水は通路を入ってすぐの床から湧いている。ガレており水系の先はどうなっているかわからない。通路を奥に進むと5m程度でボアパッセージにつながった。さらに奥に狭い通路が延びており、それを進むと5m程度で池になり終わっていた。洞口の外に出ると、流出口の上部に幅2m、高さ1m程度の洞口が見つかった。そこに入ると通路は右手に延びているが洞口から8m程度進むと砂で埋まって終っていた。通路途中の右手の床に狭い通路が延びており、のぞいて見ると先ほどの下層の通路につながっていた。洞窟の名前は「小荒川谷の水穴」と名付けた。流水の温度を測定すると約7℃であった。沢の水と比べると明らかに低く、単なる沢の伏流水ではないようだ。
 一通りの探検を終えたが、前述の通路以外にめぼしいものが見つからなかったので、調査を終了して引き上げることにする。12:10出発。小荒川谷を突出し尾根まで登る。沢の水は洞窟の上流ではすべて涸れていた。ガレの多い沢を詰める。13:15尾根に到着。雁坂峠から三又まで下る登山道に合流した。14:30標高1600m、ちょうどワサビ沢の源頭と思われる地点から、南斜面に向かって藪漕ぎを開始する。頭の高さ以上の笹に悩まされるが強引に進む。途中から獣道を見つけたため楽になる。ワサビ沢は傾斜が急で下山が厳しいと予想されたので、東隣の無名の沢を下る。途中右岸に何ヶ所か石灰岩の壁が現れるが、横目で見ながら下る。水量がほとんど無く快適な下りだった。15:30出合いの丘の駐車場に到着。

▲洞口

▲帰路、小荒川谷の上流から入川方面を望む
   
金山沢第2次洞窟探索/小荒川谷の水穴測量ケイビング
1.日程

 1999年10月30日(土)〜31日(日)

2.メンバー

山西敏光(PCC)
小池純(明大地底研OB)
飯田智朗(立正大探検部)


▲メンバー、洞口にて

3.内容

 前回の調査では、時間がなかったため水穴以外はほとんど調査することができなかった。しかし、豊富な水量から小荒川谷の水穴の潜在的なポテンシャルは大きいと予想された。そこで第2洞口の発見、別の新洞の発見を目指して第2次調査を行なうことにした。
 前回は入川金山沢経由の沢登りでアプローチを行ったが、突出し尾根を越えて行く方が時間的に早いと考えられたので、黒文字橋から突出し尾根に取り付いて尾根を越えて行くことにした。
 11:00黒文字橋を出発。整備されて歩きやすい尾根道を歩く。14:10地蔵岩の展望台に到着。北側に展望が開けており、これから下る入川側の斜面が良く見える。14:30小荒川谷を下る。途中に石灰岩が見られるので調査を行いながら下る。石灰岩は多いが母岩が露出した大きな壁がなく、めぼしいものが見つからなかった。小荒川谷の沢床には所々石灰岩の母岩が見られ、小規模な溶食穴も見つかった。青みがかった石灰岩が多かった。
 17:00小荒川谷の水穴に到着。洞口でビバークすることにした。上の洞口には4人は横になることが出来るスペースはあったので、快適なビバークだった。
 翌日、6:30に起床。7:30から測量を開始する。測線延長は31.5mだった。10:00に測量を終了。周辺の調査に移る。洞窟は、二つの沢が出会う合流点がちょうど石灰岩の壁になっており、その壁の上部に開いている。洞窟の背後は二つの沢に挟まれた尾根となっており、第2洞口が存在するならば、この尾根上にある可能性が高い。尾根に上がって調査をする。洞口のすぐ上で小さい溶食穴が数カ所見つかったが、10m程上に上がるともう石灰岩の露岩がなくなった。そのまま尾根を標高差100mほど登ると高さ10m程度の石灰岩の壁が見つかったが、洞窟はなかった。尾根の大きさ、傾斜から推測すると、洞窟がある石灰岩体はあまり大きなものではないようだ。延びているとしても水平に沢の下を奥に延びており、沢に浸透した水がその中を流れてきたものと思われる。一番西側にある小荒川谷の本流も調べてみたが、沢は上流が崩落して流されてきた礫で覆われており、石灰岩も見つからなかった。一番東の沢は50mくらい登ったが、石灰岩がまったく見つからなかったためすぐに調査をやめた。
 結局、小荒川谷では沢に石灰岩の転石は多いにもかかわらず、大きな石灰岩の壁は洞窟のあった壁しか見つからなかった。上流で崩落して落下してきた岩で石灰岩の壁が埋まったのかもしれない。
 12:15調査を終えて帰ることにした。13:45地蔵岩の展望台に到着。15:30黒文字橋に到着。

▲洞口で焚き火をして暖をとる

▲測量風景

▲突出し尾根の登山道

▲突出し尾根にある地蔵岩展望台

(山西 記)  

 

『1999年の活動』に戻る

 

活動に関するご質問は、ここをクリックしてください。

pccmail@egroups.co.jp