パイオニアケイビングクラブ(PCC)の活動 


 

諏訪の水穴/大久保の風穴練習ケイビング

 1998年12月20日(日)、茨城県日立市にある諏訪の水穴及び大久保の風穴で練習ケイビングを行った。参加者は大津、小堀、辻、松岡、八木の5名。
 当日は八重洲ブックセンター前に9時に集合。松岡のワゴン車で、常磐道経由、日立に向かう。風は強いが天気は上々。日立から太田に向かう道に入り、諏訪神社を通りすぎてしばらくゆくと、自動車道が左に大きくカーブするところの右手、河原を挟んだ対岸に諏訪の水穴が見えた。道路脇には「諏訪の水穴」の石柱も建っており、数台分の駐車スペースもある。地の利の良いところだ。
 諏訪の水穴は河原に面した小さな石灰岸壁の基部(河原と同じ高さのところ)に開口していた。辻が事前に送ってくれた案内書によると、水戸黄門も入ったことがあるそうである。少し下流に砂防ダムの堰堤を作ったため、土砂が堆積して埋没してしまったようだ。小堀が日立にいたころ(昭和46年)に聞いた話では、すでに埋没していて入洞は不可能とのことだった。
 堰堤は今はやりのコンクリート製ではなく、石積みで、いかにも古そうという感じのものだった。その堰堤を見ると、上から2mほど下に人為的に穴をあけてあった。このため河原面が下がり入洞可能になったのであろう。多分、ふるさとの名所を復活するための措置ではなかろうか。
 河原は風の通り道になっており、刺すような寒風の中で着替え。11時入洞開始。洞口は高さ2m幅1mぐらいで立って歩ける。すぐ左側にも副洞口があり、2〜3m奥で主洞とつながっていた。
 主洞はぬかるみで、水深はひざぐらいまで。ボアパッセイジの主洞がゆるく屈曲しながら続いている。じきに天井が低くなり、腰をかがめて進むようになった。ごく最近まで水に浸かっていたらしく、洞壁には泥が付着していた。岩質は結晶質石灰岩で、ライトを当てると半透明の岩肌が赤茶けていた。泥の色が染み付いてしまったようだ。中間まで進んだところの左側に小さな碑が建っていた。
 ところどころ深いところがあり、いつのまにか腰から下はズブ濡れ。しばらく進んだところで俄然、水深が浅くなった。天井までの高さは水面から20cmぐらいか。これから先は水中を這わなければ進めない。多分、ここまでは誰かが泥を掻き出してくれたのだろう。地元の人かもしれない。
 水深は20cmぐらいあるので水底から天井までの高さで考えれば、入って入れないことはないが、「この冷たい水の中を匍匐前進するのか」と全員で顔を見合わせ、しばらく躊躇する。しかし、洞幅も広く、つっかえるような穴ではない。このまま引き返すのも尻尾を巻いて逃げるようで後味が悪い。ついに入ることにした。
 意を決して水中に横になると、防水のツナギを着ていても襟首から容赦なく冷たい水が入ってくる。たちまち全身がガツンという冷たさに包まれた。手で泥をかくと嘘のように滑らかに身体が進んでゆく。まるで有明海の干潟の上を滑っているようだ。辻から「後続の者のためにあまり水を濁さないよう」と注意が飛ぶ。
 15mほどで天井は低いが小さな広間に出た。ここで3本の小さな穴に分岐しており、一番左奥の穴から水がどんどん流れ出していた。多分これが主洞であろう。ちょうど身体一つ分の太さだ。無理すれば入れないことはないようだが、あの太さでは、人間が突っ込むと前方に水がたまってくるのではないか。この冷たい水の中で人間ダムになってはかなわない。引き返すことにした。
 後続の者が次々と入り、引き返してくるのを待っていたら、寒さでひざの震えが止まらなくなった。これはヤバイと、一足先に大急ぎで洞口まで引き返した。12時ごろ全員出洞。濡れたツナギや下着を全部着替える。濡れた下着が身体にベットリ張り付いて着替えるのに時間がかかる。髪の毛にも泥が一杯ついているので川の水で頭を洗った。寒風の中なので全身から震えが出る。この穴は夏にくる穴だな。
 帰りは大久保の風穴に立ち寄った。小さな流れをわたって、洞口へ続く道の途中から左手の山腹を登ると、小さな石灰岩の露頭に突き当たった。その基部を探すと、やはり身体一つ分の小さな横穴があいていた。中から生暖かい風が吹き出している。若かりしころの記憶では、大久保の風穴の竪穴の上部に伸びる支洞がチムニーになって地表に通じていたはずだ。これで記憶に間違いないことが確認できた。
 続いて大久保の風穴に入る。鉄柵のあるホールまで入ってみたら、ザイルがセットされ、竪穴の中へと伸びている。人が入っているようだ。しばらく待っていたら人が上がってきた。亀戸ケイビングの安藤さん一行がSRTの訓練にきているとのこと。上で人の話し声が聞こえるので、ザイルをいたずらされてはかなわないと、1人上に上げることにしたそうだ。じきに他の2人も上がってきて、「なんだPCCの一行か」と、お互いに安堵する。
 竪穴の上部に伸びる支洞に取り付く斜面は、まさに竪穴の真上で、ここで滑り落ちたら竪穴にドスンだなという感じであった。しかも泥で滑りやすそうで、今ではとても怖くて登れない。日立にいたころはやや緊張はしたものの、フリーで何回も登ったのだが。若気の至りだったか。
 13時30分ごろ、大久保の風穴を後にし、帰路についた。

(小堀 記)  

 

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