パイオニアケイビングクラブ(PCC)の活動 


 

鳥首沢第1次洞窟探索

 1998年10月10日(土)、埼玉県秩父郡荒川村(現秩父市)浦山川支流鳥首沢で第1次洞窟探索を行う。参加者は芦田、小堀の2名。
 今回は冠岩沢洞窟探索の時に遠望した鳥首沢の枝沢左岸にある石灰岩壁が探索の目的地であった。地形図には崖としては載っていないが、実際にはそこそこの規模の岩壁が長く続いている。
 8:20に冠岩の集落下の車止めを出発。廃村になっている冠岩の集落を通り抜け、鳥首峠に向かう登山道を登っていく。登山道は最初は山の上の方を通っているが、登り道ながらも少しずつ沢に近づいていく。
 登山道の途中で、左へ分かれる作業道を確認する。高圧線の鉄塔メンテナンス用の作業道で「安曇野幹線326号に至る」という標識があった。地図で確認したところ、目的地の崖に向かっている可能性が高かったが、とりあえずは枝沢沿いに行くこととして、登山道を進んだ。
 作業道が分かれた付近から登山道はゆるやかに下り、沢沿いとなる。その付近に左側の山斜面からのガレ沢があり、登山道は大量の石灰岩で埋まっていた。しかし、その上方は遠望した石灰岩壁ではなく、枝沢をへだてて、ほぼ対岸に相当する。もしすると、未確認の石灰岩頭がある可能性がある。
 登山道が沢を渡るところで、登山道をはずれて、沢沿いの荒れた作業道を登っていく。沢には石灰岩の転石が確認できる。途中で2回、沢が分かれるが、2回とも右側の沢を進んでいく。沢にある石灰岩の転石の量がしだいに増えていく。すべて左の山斜面から落ちてきたものである。遠望した石灰岩壁は左の山の上方にあると推測できたが、とりあえず石灰岩の転石がなくなるところまで行くことにする。
 沢水が途中でなくなり、山の作業小屋を過ぎ、炭焼き窯のあとを過ぎてしばらくするとガレ沢から石灰岩の転石が途切れるところにたどりついた。左の山斜面は石灰岩のガレ場が上方までずっと続いている。そこから石灰岩のガレ場の端沿いに斜面を登っていく。しばらくすると石灰岩の露岩が現れる。とりあえず、右の方(東)へ露岩沿いに歩いていく。
 露岩は激しく溶食されている。しかし、人が入洞できるような洞窟は発見できなかった。露岩が小規模になったところで、引き返すことにし、最初にとりついたところから、今度は左の方(西)へと露岩沿いに歩いていった。一応、石灰岩壁となっているが、遠望した石灰岩壁よりは小規模な印象であった。途中、石灰岩壁に二次生成物を確認した。太めのつらら石状のものであった。
 そのまま崖下沿いに進むと突然、石灰岩壁に檻のはまった洞口が出現した。しかし、よく見ると人工洞で、さらに「通気口につき立入禁止」と書かれた看板があった。坑道口付近には作業を行った形跡がないので、山の中から掘り抜いたもののようである。どうやら鳥首峠の東側にある石灰岩採石場からずっと掘ってきた坑道のようで、もしかすると山の中は石灰岩を採石されて、がらんどうになっている可能性が高い。一気に洞窟探索をする気力が萎える。
 そのまま崖下沿いを西に向かって再び進み出す。石灰岩壁は徐々に大きくなり、車止めから遠望したものと同じ雰囲気をもった壁となる。しばらく行くと壁が途切れて谷になっている場所に出る。その上方の岩壁に洞口のような陰が見える。確認のため、ガレ沢を上がっていくと、左側の露岩に洞口が現れた。幅1メートル、高さ2メートルのりっぱな洞口である。
 洞口から少し入ったところに動物の糞があった。異臭を発していて、まだ新しい感じであった。シカのものではないので、クマかイノシシの可能性が高い。洞内に向かって大声を出してみるが、とくに変化はない。覚悟を決めて入洞すると、洞内は獣の臭いがしていたが、その主は見あたらなかった。洞窟は自体は奥行き10メートルほどで、内部には石筍やフローストーン、カーテンなど二次生成物が豊富にあった。この洞窟を「鳥首沢の猪穴」と命名した。
 出洞後、最初に見つけた洞口の方へ登ってみる。こちらも一応洞窟の態を成していた。総延長8メートルほどのクラック状の洞窟であったが内部にはやはりカーテン、フローストーンなどの二次生成物があった。こちらの方は「鳥首沢の猪穴第二洞」と命名した。
 その付近を綿密に探査したが、人の入洞できる洞窟は、この2本だけであったが、石灰岩体の溶食は激しかった。石灰岩壁の下も急な斜面になっていて、ほとんど石灰岩の露岩の上を土が薄く被っているだけという感じなので、どこかに竪穴がある可能性は充分に考えられる。今回の探索では面としての洞窟探索はできていないので、今後の課題かもしれない。
 そのすぐで石灰岩壁は大きく北に曲がる。12:30、そこで昼食をとる。その際、双眼鏡で対岸の山を観察するが、石灰岩の岩壁や露頭は確認できない。登山道で確認した多量の石灰岩の転石はどこからきたものなのだろうか。休息後、再び岩壁に沿って移動する。しばらくすると再び石灰岩壁は大きく曲がり東に向かう。どうやら遠望した石灰岩壁の山の裏側にも地形図に載っていない石灰岩壁があるようだった。
 延々と続く石灰岩壁の下を探索しながら歩き続け、とうとう山の上にまで達してしまった。このまま尾根を越えて下に降りていけば、最初に石灰岩壁にとりついた地点に行ける可能性は大きかったが、石灰岩のガレ場を下る気にはなれず、北側の緩やかな斜面から下山することにした。一気に沢まで下り、例の「安曇野幹線326号に至る」作業道に出る。
 探索した山の対岸からの沢にも石灰岩の転石が見られるので、少しだけ入ってみる。ちょうど探索した山の幅分だけ石灰岩の転石が確認できた。それ以上の上流ではほとんど確認できなかった。どうやら、こちら側では石灰岩体が沢の下にあるか、あるいは山のはるか上の方にあるか、そのどちらかと思われる。
 帰りは作業道沿いに下って行ったが、途中で石灰岩の転石が落ちていっているガレ沢を渡った。最初の登山道で多量の石灰岩があった場所の真上である。今回、探索した石灰岩体と冠岩沢の石灰岩体を結ぶ線上に石灰岩の露岩があるような感じがする。そして、その場所は冠岩沢の水穴の上流(集水的に)である。もし、竪穴でも発見できれば、おもしろいことになるかもしれない。機会を見て、洞窟探索を行いたいものである。
 15:30、車止めに戻る。そのとき、雨が降り始める。急いで着替えて帰路につく。ちなみに国道140号線は橋立鍾乳洞の出たところからすでに大渋滞していた。今回は裏道をうまく見つけて、秩父市内をパスすることができたが、299号線の方も川越方面への交差点からの渋滞がいつもより長くなっていた。雁坂トンネルと大滝道路の開通はそれなりに車の流れを呼び寄せいているようである。

(芦田 記)  

 

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