パイオニアケイビングクラブ(PCC)の活動 


 

桂谷第2次洞窟探索

 1995年11月5日(日)、埼玉県秩父郡大滝村(現秩父市)大洞川荒沢谷支流桂谷で洞窟探索を行なう。参加者は芦田、小林、辻の3名。
 今回の洞窟探索の予定地は地形図を見ると、白岩山(大規模な石灰岩体)直下の沢の源流に崖があり、もし、その崖が石灰岩なら水穴があるのではないかということで決行することになった。
 9:00すぎに荒沢谷出合いの車止めを出発し、荒沢谷沿いの作業道を登る。途中、たびたび道を失うが、それほど時間をかけないで、桂谷出会いに着く。荒沢谷と違って、桂谷は人の入っている形跡が少ない。谷に入って10分ほどで、シカと出会う。さらに10分ほどで、前回、断念した滝に着く。やはり直登は無理で右岸側を大きくまく。
 滝を越えると、しばらくはなだらかな沢並みが続く。しかし、石灰石はほとんど転がっていない。途中、右岸側の斜面が崩れて、沢を埋めているところを通過する。この崩落を覚えておかなかったのが、後に敗因となる……。
 桂谷に入って1時間くらいで大きな滝に出会う。左岸側をまいていると、滝が途中で2手に分かれているのに気がつく。谷が途中で2つに分かれていることは知っていたが、地形図には滝の印も崖の印もなく、まさか谷の二又が滝になっているとは考えていなかったので、しまったと思う。実は目的地は左の谷の上流だったので、左岸側をまいていては左の谷に入れなくなる。というわけで、急遽、滝の途中に出ることにする。
 ちょうど谷が分かれている付近が平らになっていて、ぶじ左の谷(ゆるやかな滝)に入ることができた。右側の滝が将棋の駒の形をした壁を伝って流れ落ちていたので、「王将の滝」と勝手に命名した。
 王将の滝を過ぎると沢筋に転々と石灰岩が落ちているのが見受けられた。王将の滝より1時間くらいで、ついに目的地に到着。地形図上の崖は予想通り、石灰岩だった。標高1470m、石灰岩の下からは水が流れ出ていた。
 こう書くと、ぜったいに洞窟があったと思われるかもしれないが、実はその石灰岩の崖は露岩ではなく転石だった。それも空中から見れば、石灰岩の母岩と見まがうほどの超巨大な転石だった。というわけで、さらに上流をつめるが、その巨大転石以外は顕著な石灰岩の露岩が見あたらない。
 枯れ沢にはたくさんの石灰石が転がっていたが、その源の石灰岩の露岩が見あたらない。さらに縦穴を期待して稜線(登山道)直下まで行くが、新洞を発見することはできなかった。
 帰りは沢下りの困難さを思い、右岸側の尾根筋を降りて、車まで真っ直ぐに向かうことにした。ところが王将の滝付近から右岸の斜面を水平にトラバースしていくと、途中に地形図にない断崖絶壁に出てしまい、どんどん上へ上へとまく感じとなり、結局ピークまで上がるはめになる。
 なんでこんな大きな崖が地形図に載っていないんだと:ぶつぶつ言いながら尾根筋に上がり、下り始める。あとで考えてみると、この断崖絶壁は土砂崩れで最近できたような感じだった。つまり、行きに沢を埋めていた土砂の源だったのではないかと思い当たった。そこまで考えなかったのが失敗だった。ともかく、苦労して、予定よりはるかに高く登ってしまった。
 さらに車の手前の大洞川沿いも断崖になっていて、まっすぐ降りれず、ぐるっと大きく迂回する羽目になり、沢筋をおとなしく降りた方が楽だったかもしれない。とはいえ、沢筋だったら、何回かは滑って、転んでいたような気もする。とりあえず、計画書の予定どおり16:45に車に着いたので、よしとすべきか……。

(芦田 記)  

 

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