パイオニアケイビングクラブ(PCC)の活動 


 

小袖鍾乳洞群練習ケイビング

 1995年10月29日(日)、山梨県北都留郡丹波山村小袖の小袖鍾乳洞群で練習ケイビングを行なう。参加者は僕(小林)、辻さん、濱田さん、廣瀬さん、山口さんの5名。
 小袖の集落の手前で道が崩れていたので車を道路脇に置いて徒歩約10分。小袖の岩壁が左手に見えてきた。沢の左岸には古い今にも朽ち果てそうなバンガローの跡があり、その周辺にテントを張り、着替えを行なう。簡単に昼食を取り昼過ぎ頃だったと思うが出発する。
 第1洞は鉄の扉を開ければすぐに入れそうな普通の入り口だった。そこから壁づたいに左へ登って行き50m位の所に第二洞の洞口はあった。
 第二洞の入口は高さ5m位の所にあり、辻さんが、するする登っていき、ラダーをセットしてくれた。洞口はやはり狭く中に入ると公園の遊具のように滑り台状に下へ降りていく。途中の広いところで全員が入るのを待つ。
 今回は広瀬さんの「先頭が一番楽しいものだから、好きに回ってください」の一言で、新人トレーニング開始。僕と山口さんでトップを切ることになった。最初からいきなり狭洞となり、葡匐前進。それを抜けると左右に分かれている。なんとなく広いので右へ進路をとる。しゃがんだかっこうで歩けるくらいのボアパ状をくぐり抜けると高さ50cm、幅が2m位の所に出た。
「本当にこの先行けるのかな?」という不安な気持ちもあったが、最初に入った人はルートなんてわからないし、ダメなら戻ればいいじゃないか精神で、どんどん進む。一応ルートとしては左右と下側をよく観察していたが、洞内は上があることを忘れていた。
 進むほど狭くなっていったが、古くからあるヒモに引かれて突っこむ。ダメなら戻らなければならないので、山口さんには少し待ってもらい、体が自由に動ける場所まで抜けることにする。山口さんに声をかけ、狭いトレンチ状の中を前進する。後ろからは狭い所を通過する、みんなの息使いが、恐ろしい位に聞こえてくる。動きにくいのでだいぶ距離を稼いだと思ってもぜんぜん進んではいなかった。
 広いところへ合流、やった! と思ったが、どうも見覚えがある。いくら、似たような場所があるとはいえここまで似ているだろうか? やっぱり戻ってきていた。今、通ったルートは下側を8字状にループしていたのだった。
 ならば、本当のルートは何処にあるのだろうか??? 濱田さんが「こっち!」と教えてくれた場所は視界の中に入らなかった上に行く分岐だった。
 分岐を登っていくと、つるつるの1枚岩があり3m位のそれを越えると道は左右に分かれている。最初は左に入ったが、すぐに行き止まりになってしまった。ここで、広瀬さんのアドバイス。「途中まで良かったんだけど」
 と言うことは、どこで間違えたのだろう? とりあえず戻る。つるつるの岩の上部で今度は右へ入る。上と下があり下は狭かったので上に登った。上はすぐに詰まり、下部に高さ3m位のチムニーで連結している。チムニーを降りると、後ろから広瀬さんのランプの明かりが見える。正解は下のルートだった。ついてきた山口さんには戻っていただくという面倒をかけたが、小袖、初回なのと新人と言うことで勘弁を。
 ここで第2洞と第4洞の接続をしているチムニーにかかるが、最初どんどん狭いところに入っていってしまい、身動きがとれなくなってしまった。チムニー自体は難しくもないが、体勢が悪い状態でトラバースは滑りそうで安定姿勢に入るまで、けっこう手こずってしまった。チムニーはよく見てから突っこんだ方がよさそうと理解。
 山口さんも大健闘で、辻さんが万一の時を想定して。お助けシュリンゲを用意していたが、使わずに登ってきた。
 上部からはT字状の突き当たりまでクラック沿いに進み右へ。すぐ、左に少し小さいが分かれていて入ると、なんとPCCのレリーフがあった。レリーフの日付は1981年5月3日となっている。まだ、僕が高校生の頃だ。
 ここから上部に上がると大きなホールに出た。ホール内の空気が違う! 気のせいか風もある。息を吐いて動きを見る。確かに動いているので、その反対方向へと進む。
 洞内に木の棒があったりして出口は近いと思った。そして、しばらく行くと光が見えてくる。4洞の出口に到着。出口を出ると瀧谷洞の時みたいに崖の中腹に立っていた。
第4洞からは地上を第3洞の入り口まで移動する。外から見ると第2洞、第3洞、第4洞の入り口は意外に近かった。
 第3洞はでかい洞口で入り口にお地蔵様がある。芦田さんの言っていた地蔵洞の意味は、ここで理解した。ここからは山口さん先頭で再度行動開始。しかし、右も左もループするだけで何処にもつながっていない。回答は広瀬さんが出してくれたが、本当に小さな入り口で、ぜんぜんわからなかった。入って、左、少し行ってすぐ右の壁を見ていると、上部に60cm×40cm位の穴が開いている。それを登るようだ。
 狭い入り口を抜けると見覚えのある地形。一度通っている。その時はこの穴が第3洞につながっているなんて夢にも思わなかった。ここから上に抜けると第4洞の出口になることを確認。第2洞の接続は記憶が不鮮明で少し迷った。紙と鉛筆は必需品と知る。
 なんとかレリーフの場所までたどり着いた。後はルートを記憶している(迷ったおかげで正規のルートがわかるようになった)。核心部と言ってもいいような第2洞と第4洞の接続チムニーにかかる。
 ここはラダーを出すかどうか山口さんは迷ったみたいだがフリーで挑戦することになった。登ったんだから降りられるはず。とりあえず先に降りさせてもらい下で待つ。山口さんは難なくクリアして降りてきた。あとは、ルートもわかるので、たいした時間もかからず第2洞の梯子洞出口に到着。午後4時すぎ、出洞する。
 外に出ると下に人影がある。なんと、野中さんがお茶を沸かして待っていた。喉が乾いていたのでこのお茶は最高に美味しかった。最後は全員そろってくつろぐ。
 次回の小袖は第1洞と第7洞に期待を持って。

(小林 記)  

 

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