パイオニアケイビングクラブ(PCC)の活動 


 

豆焼沢新洞探検ケイビング

 1989年11月19日(日)。晴れ。埼玉県秩父郡大滝村(現秩父市)滝川の支流、豆焼沢にある豆焼沢新洞(仮称)で第2次探検ケイビングを行う。参加者は芦田、広瀬、深田の3名。
 今回は、前回の探検で発見した未知の竪穴を探検することになっていたので、竪穴用の団体装備は10mラダー3本、7mラダー1本、40mザイル1本というPCCの竪穴装備を総動員することとなった。そして、個人装備も各自がSRT及びアブミを用意するという重装備となってしまった。
 9:30、洞口に到着。食事をとった後、10:00より入洞を開始する。苦労して竪穴装備類をクランク状の超狭洞の向こう側へ運ぶ。そして、さっそく竪穴の下降を開始した。
 竪穴はホールの途中の壁に開いた大穴から壁沿いに降りる感じで、降下距離は約12mだった。ホールは長径約8m、短径約3mの通路状で洞床はガレ場である。支洞が4本確認できたが、とりあえず下に向かう斜洞を行く。この方角より水流の音が聞こえてくるようだったからである。
 斜洞を5mほど下ると、再び1段目の竪穴と同じ構造の竪穴となる。ここの降下距離は約10mぐらいで、斜洞部分と合わせれば、約13mの深さである。この2つ目のホールは長径約15m、短径約4mで、やはりガレ場となっている。そして、竪穴も含めて5本の支洞があるが、水流の音が一番激しく聞こえるルートを選ぶことにする。
 そのルートも竪穴であるが、最初の2メートルぐらいはチムニーで降りることができる。しかし、途中から再び第1段目、第2段目と同じような構造となり、約10m降下することになる。このホールは直径5メートルぐらいの大きさで、洞床は今までと違い、ガレ石が堆積しておらず、ただの岩盤となっている。そして、降り立った壁の反対側には下に向かう斜洞が続いている。
 斜洞は竪穴装備なしで降りることができそうであったが、洞壁や洞床が真っ白なチョークでおおわれていて、非常に滑りやすくなっていた。ザイルで確保しながら約8mほど下ると、突然視界が開ける。巨大なホールの洞壁の中腹にできたテラスに出たのである。上下左右に広がる空間の広さに、全員が呆然となってしまう。
 とても秩父の洞窟とは思えない。自分たちは秋吉台か安家(岩手県下閉伊郡岩泉町)に遠征に来たのではないかと思ってしまう。水流の音がホール全体に大きく響きわたっているため、よけい、巨大な空間のように感じるのかもしれない。下に見える洞床までは、およそ15mぐらいだが、水流を確認することはできない。
 とりあえず降下を開始するが、声が水音にじゃまされて、ほとんど聞こえないため、上のテラスと下の洞床との間で降着の確認が非常にとりにくい。そして、洞壁がチョークにおおわれたフローストーンのため、ザイルもSRT装備もチョークが、べったりと付着してしまい、使いづらくなってしまった。人間の方も全身、白い泥まみれといった感じになってしまった。
 巨大ホールの洞床は小さいレキ石が平らに堆積しており、無数の獣骨が散乱している。イノシシと思われる牙を持つ大型獣の頭蓋骨もあった。ホールは長径約15m、短径約5mぐらいで、洞床の真ん中に幅1m弱のクラックが蛇行して通っている。水流は、その裂け目の下から聞こえてくる。降りる時はチムニーでなんとかなるが、クラックの両側の壁もチョークでぐちゃぐちゃなので登る時には竪穴装備が必要である。結局、ここでも約10m降下した。そして、やっと水流にたどりついた。
 流れている水量は音の割には少なかったが、豆焼沢鍾乳洞の流出量とほぼ一致する。そして、肩幅ぐらいの水路を下流の方へ行くと、そこに轟音の源が存在した。なんと落差約7mもの滝があったのである。この滝の水音がはるか上層のレベルまで轟いていたのわけである。
 ずぶ濡れになりながら滝を下ると、水路は突然に広くなり、約15mちょっとで水没してしまう。途中、上層に迂回できそうなルートもありそうだったが、時間がなかったので未確認のままである。なお、洞口よりこの水没地点までの深さは推定で約70メートルにも達する。これは埼玉県内はもちろんのこと関東においても最深の竪穴である。
 一方、降下地点よりも上流側は一度だけ蛇行してボア・パッセイジ状の通路となり、再びメアンダートレンチ状に戻るが、チョークはまったく見られなくなる。さらに少し行くと小さな滝となり、約2.5mほど上にある小穴から滝水が流出していた。
 その流出口は入洞不能であるが、さらにチムニーで約2.5m登ると横穴が続いていた。ちょうど人間が立って歩けるぐらいの大きさで約5mほど進み、崩落岩塊の間を抜けると、大きなホール状の通路となる。行き先の上方は続いているようであったが、時間がなかったので、こちら側もここで引き返すことにした。なお、この地点でもボア・パッセイジ状の支洞を1本確認したが、やはり未探検のままである。
 多大な成果を上げた今回の探検であったが、それなりの苦労もあった。たった3人で70m分の竪穴装備を回収しながら撤収するのは予想以上に手間取る作業となり、最終的に出洞したのは、なんと21:30頃であった。暗い薮山の中を必死で下山し、車に到着したのは翌日の2:30だった! 当然ながら東京に帰りついたのは朝方であった。
 今回の豆焼沢新洞第2次探検ケイビングでは水音に導かれるままに下へ下へと降りていき、最終的には約70mの深さにまで到達したが、この洞窟は竪穴というよりも、むしろ横穴という雰囲気が強く感じられた。実際、横穴の支洞が何本もあり、行き先が続いていることを確認している。時間の都合で横穴をつめきることはできなかったが、竪穴の深さから考えて、おそらく相当な長さになるのではないかと思われる。豆焼沢新洞(仮称)は当初の予想どおり大きなな洞窟になりそうである。

(芦田 記)  

 

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